<はじまりの鐘>



「ちょっといいかい。午後一番に仕事があるから今日は早めに昼食をとってもらえないか」

上司が私に声をかける。

昼休みの30分前だった、外に出て県庁の屋上の展望台のあるレストランにさそわれる。

公共の施設だけあってランチの値段もリーズナブルだ。

しかし、2階の食堂とは違って展望台のレストランの品数は少なくて

お昼の定食とスパゲッティナポリタン、ミートソース、ネコムライスなど

簡単なメニューとソフトドリンクぐらしかおいていない。

酒類は当然おいていない。

私はネコムライスをたのみ上司は定食を頼まれた。

今日は3月。もうすぐ大きな会社なら人事異動もひかえているけれど、中小企業なのでうちの会社にはない。とても伸びやかな気分だ。


しかし上司と一緒なので少し緊張してあまり喉に通らない。

それでも一生懸命全部食べて、支払いをすませようとしたら

上司がそっとレシートを握って私の分まではらってくれた。

お金をだそうとしたらいいよいいよという。

わたしはその言葉に素直に甘える。

こんなふうに特別にあつかってくれたこと初めてだ。

「展望台にいかないか」

ますます意外な言葉に驚く。

実は私は県庁には何度も通っていたけれど展望台にいくのは初めてだった。

レストランから少し離れた展望台に上司の三歩下がってついていく。







「!」









23階のガラス越しの展望台は声を失うほどの絶景だった。

小さな小さな車や人かどうか判別つかないほどの人が見えて

家の屋根やら色んなものが見える。







そしてお昼の12時の鐘がなった。それは県に奉納された特別な石でつくられた不思議な音色のする鐘の音。

妙な懐かしさと感動に胸が打ち震える。







「ここにきたことなかっただろう」

「はい」



わたしは上司と目をあわせられなかった。

これを感動というのだ…

生まれて初めて感動というものを体中が粟立つほどの感動をした。




「・・・こんなに毎日みている場所なのに、はじめてきたんだろ?

 オレもはじめてみたとききっと君と同じことを思ったとおもう。
 
 違うかな?」

「そうだと光栄です。今体中がドキドキ言っています。」


やっと答えるのがせいいっぱいだった。小さいものがどんどん動く。

おもちゃばこをひっくりかえしたみたいな小さな小さな宝物の世界。

私の胸は感動で一杯だった。


「じゃあオレと同じだ。もう一つ特別に。」


といって社に戻るといつもは鍵がしまっている階段の鍵を開けて

屋上へ連れて行ってくれた。

屋上は空が青く澄んでいて春なのに空がもう高かった。




_____________________お昼休みは時間が限られている。


ああ、この感動の余韻にひたれるのもあとわずかだと思うと切なくなった。


そのときだった。



「よく 頑張ったな この2年・・・」


思いがけない言葉を耳にした。


「まだ少し早いけど。ちょうど明日で2年目だろう。」


そうだった。私は3月3日に採用されたのだ…


時期はずれの採用。私の目からワッと涙があふれる。






さきほどの鐘の音がずっと耳にこだまして、映像がフラッシュバックする。


今までの苦労、上司に支えられてきたことや、色んな思い出がどんどんあふれてあふれて私の心は満杯になった。


時には大変だった。仕事や取引先の人、会社の人の名前すら私はなかなか覚えられなくて、普段のコンビニではできてい

たコピーも会社のコピー機だとうまく操作できなくて困ったこともあった。


自分がうまく動けないことにはがゆさを感じたこともあったけ。

そういえば

少し具合がわるいとき、わたしがいつもレモンティを飲んでいるのを知っていてレモンティをそっとおいてくれた。

すべての思い出が浮かんでは消える…





「南野さん…」





彼はそっと微笑む。そして不敵な笑いをした。

「よく 頑張ったな この2年…」




「             」(あなたの好きな言葉を入れてください)








「午後の準備するよ」

「はい」

どうしてこんなにこの人は私のことをよく見てくれるんだろう。

私は自分の目の前のことで精一杯なのに。

「素敵な体験させて頂いて本当にありがとうございました。」

私は一礼をする。

「今日はオレにとってもいい思い出になった」

本当にうれしい。

「最近辛かっただろう。厳しいことを言うかもしれないけど皆君のことを本音で接してくれているんだよ。君は本当に優秀でオレたちからみたらときどき本当にまだ二年しかやってない人とは思えないこともあるし、君がしかられたようなことはかすりもしなかった人もいる。これから上に行くほど辛いことはあるかもしれない」

「でもあの場所を教えたのは君だけだ。生真面目で昼休みにあそこに自分から行くとは思えなかったんだ。」

上司ははにかんだ。

「ちょうど三十分前だ。」

話をしているときも私が時間を気にする性格まで見抜かれた。

頼まれた仕事は人数分の資料をならべるだけで五分とかからなかった。

あとから聞いた話だけれどあの展望台は昼休みだと混むのが分かってて連れて行ってくださったんだ。

二階の食堂では姿をよく現していたから。

最近自分でも空元気だと思うことがあって辛かったのだ。

私は胸が高鳴るのを感じた。

春の風が胸をきゅんとさせる。

桜の甘い香りがしたような気がした。


あの鐘は次のスタートへのはじまりの鐘。
















end


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★Thank-you note★

やばい、やばい〜南野さんが上司だなんて……!
仕事覚えようにも気が動転してあわわわわってなりそうです。
叱られたらおそらく一日や二日では立ち直れないと思います。
この主人公、強いですね〜(笑)

このお話は、かよーさんが実際に体験したお話から来ているそうです。
いいですよね、こんな出来た上司に恵まれるだなんて……。
先月、私も仕事の上で上司? 叱られまくり、それに気づいたかよーさんがメールで慰めてくれたのですが、
もし本当は上司がこんなふうに考えて叱ってくれていたとしたら、それはもうひとえに感謝すべきですよね!
かよーさんはもしかしてそのことを考えた上で最後の蔵馬の台詞を作ってくれたのではないかと、勝手に良い方向に考えてみるのですが……
別に私は優秀でも覚えが早いわけでも何でもないですけどね…(苦笑)

皆さんだったら「」の中にどんな言葉を入れますか?(^^)

この小説にちなんで2周年のイラストまでいただいてしまいました。「絵」のページに展示してあります!

しかし、お祝いもらいすぎてヤバいです。私はすんばらしく幸せ者です。
かよーさん無しでは生きていけなくなりそうです。





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