■一生分■



いつもはこの喫茶店に来るとはしゃいで、この間のデザートと今日頼むデザートの味の比較予想をしたりしては、オレを呆れさせたりする螢子が、今日はとても静かだった。
注文もあっさり決めたし、何よりこうして向かい合って座っている間も、どこか遠くを見ているような表情で、一緒にいるというのに全然実感がない。
「螢子」
試しに呼んでみた。

ほら。反応ねェし。

「…………何」
「いや、おせェよ」
「用無いなら呼ばないで。考え事してんだから」
「こいつ…」

でも、仕方が無い。
螢子に『あいつ』の話をしたのは、オレなんだから。
そして、話をするつもりは無かったのに、『あいつ』やその周辺の事が気になって、螢子の隣で浮かない顔なんかしてて、詰問される隙を作られちまったのも、やっぱりオレ。

「だっから言っただろーが。オメーが聞いてもしょうがねェ話だって」
「だって、あんまり幽助が心ここにあらずって顔してたんだもん。
アンタが何考えてるのか知らないままじゃ、一緒にいても意味無いと思ったの」

あ。そっか。
こいつも、今のオレと同じ気持ちだったんだな…

「そりゃ、ワリーことした。ごめんな」
「アンタがそんなあっさり素直だと気持ち悪い」
「おい」

またしばらくの沈黙。
あまりこういう機会が最近無かったので、改めて目の前の螢子をさり気なく観察した。
すっかり腰まで伸びた髪、生意気そうな唇。
頬杖をついてどこかを見つめるその姿は、何だかオレの知る幼馴染のおてんば娘じゃなくなったような気がして。
オレの気づかない間にオトナっぽくなってしまうなんて、それは少し、いやかなり悔しい。

「どうにもならなかったのよね」
その質問は、質問というより諦めの入った確認だった。

「ああ。誰にも、どうしようもなかった」

でも、考えてしまう。
オレも、話を知った螢子も。

この感じは、ずっと前の、あの満点の空の下で感じた空虚感に似ている。
その時は、蔵馬が横にいて。

『深く考えないほうがいいですよ』

そう言ってくれた。

今回もヤツはそう言ってくれるだろうか。
オレにはそう言ったとしても、自分の中では参ってそうだ。

「蔵馬君の様子は?」
「んー。普通だったぜ。表面上はな」
「そう。…コエンマさんは?」
「さぁな。直接会ってねェから、何とも」

頼んだデザートが運ばれてきた。
螢子は目の前のガトーショコラをつつき始めたが、一向に口に運ぶ気配は無い。
コーヒーを一口すすって、オレもため息をついた。

「頼ってきてくれたヤツがこうなっちまうと、なんか後味わりィけど。
今回の事は、オレにはどうしようも無かったんだ。
オレだけじゃねー。どいつもこいつも、無力だった」
「……でも」
「オメーがそんな暗ェ顔すんなよ。多分コエンマは整理ついてるって」
「どうしてそんな事言えるの?」
「ん〜… ちっとコレは、言うの恥ずかしいから秘密」
「何よ?」

目を見開いて、螢子が肩を乗り出して詰め寄った。
オレは頭をかかざるを得ず、諦めて螢子と目を合わせた。

『一生分の恋をした』って、言ってたぜ。


それを聞いて、螢子の頬はみるみる紅くなった。
シューシューと頭から湯気が出ているんじゃないかと思うほど、照れていた。
わかりやすいヤツ…

「〜〜〜あーもー、教えるほうも恥ずかしいっつぅの」
オレは手持ち無沙汰にフォークを握ると、アップルパイをざくざくと崩しにかかった。
そして、崩れすぎて食えなくなる前に、さっさと口に頬張った。

「…食べ方、汚いわよ」
「うっせーな。お前もさっさと食え」
「もう、言われなくても食べるわよっ」

顔を赤らめたまま、螢子もちょっと怒ったような顔をしながらケーキを食べ始めた。
しばらくお互い無言のままで、照れ隠しのためにひたすらデザートを胃に流し込む。
いつまでたっても色気ねェな、オレらって。

やがて皿の上も空っぽになり、オレらはコーヒーを飲みつつ頬のほとぼりを冷ましていた。
ちらりともう一度螢子を見る。意地悪そうな表情が、いつの間にかまた遠くを見るような、大人びた表情に変わっていた。
ふとした時に見せる、こっちがどきりとするようなカオ。
そういうときには決まって、オレのほうを向いていない。
それが、やはりちょっと悔しい。

「幽助」
「んあ!? な、何だよ」
いきなり螢子が真正面を向いたので面食らってしまった。
じっとオレを見ている。

「私、さっき幽助のそばにいても意味ないって言ったわよね…
幽助の心が私を見てないんなら、離れてるのと同じだと思った…
でも、ホントはこうして、一緒にいられるだけでいいんだわ」
照れを隠せずに時折目を伏せながらも、螢子はオレのほうを向いてそう言ってくれた。

「最後の最後に、一生分の恋をしたって言えるくらい、ずっと一緒にいたいね」

…。そっか。

そんなもんかな。

「オメー、可愛いとこあるのな」
「う、うっさいわね! もう二度と言わないわよっ!」
「へーへー。…オレも同感」
「え?」
「二度と言うかよ」


螢子の目が一瞬潤んだような気がしたが、その笑顔の眩しさでそれ以上直視できなかった。
これ以上綺麗になられたら、笑顔ひとつですっかりやられてしまいそうだ。



「それから、オレの知らねーうちに綺麗になるのは反則だからやめろ。絶対やめろ」
「な、何よそれ!?」


(終)











後書き

このお話は『ゆめのいろ』の複数エンディングの中のひとつです。
BADエンドになっても、こーゆー幸せな二人もいるわけでして。


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